神社は100%感謝していくところだそうです。
99%ではなく100%というところがとても重要で。
世間のほとんどの人たちが幸せを逃がしているその理由と言われるものを簡単に書きました。(^^♪
神社はお願いする場所?
私も小さい頃は親や世間に習って、神社にはお願いをしに行っていました。
家内安全、交通安全、厄除け祈願、受験祈願とまあ、ほんといろいろとお願いしまくってきましたよ。
でも、ここ数年で、それは大きな間違いだと気づけて本当によかったです。
このことも、さとうみつろうさんのブログでわかりやすく書かれていましたよ。
…まず、「願い」とは何かを考えるべきです。
「願い」とは、不満の事です。
「いま、財布にお金が無い(不満)から、増やせバカヤロー(願い)。」
「来月、大学に受からないかもしれないから、力貸せバカヤロー(願い)。
だいたい、なんで俺が一人で受験を頑張らねばならないんじゃい(不満)。」
「俺を病気にしやがってバカヤロー(不満)、さっさと治せ(願い)この!」
神社というのは、色んな物理的作用によって、
あなたの視座が固まりやすい場所となっています。
「視座が固まりやすい」とは、
神さまに声が届きやすいと言う事だと思って下さい。 出典:https://ameblo.jp/mitsulow/entry-11529002986.html
神社って神さまの陣地なんですね。
だとしたら、確かに、そこで暴言を吐き散らすなんて愚挙中の愚挙 ですよね。

おお、愚挙なんて、難しい言葉が出ましたね~。

使ってみたかったの……。
自宅のリビングで言うなら、まだ神さまに聞こえないかもしれない。
でも、神社なら確実に聞こえるのだそうです。
私はこの頃、こう思います。
目の前にはいつも分かれ道が無数にあって、
一つの出来事に幸せというフィルターを通して見る道と、不幸なフィルターを通して見る道が現れる。
その別れ道の一つ一つをきっちり幸せ側のフィルターで見ていこうと 覚悟を決めることが大事。
覚悟を決めたら、今日は、そうできないことがあっても
「明日は、また幸せのフィルターで見るようにするぞ!」
と思えるんです。
幸せで居たいなら、幸せで居てください。
とみつろうさんも書いていました。
私が幸せで居られるようになったのは、
「成幸者の波動ってこれか!!!???」
ということをイメージできたから。
幸せで居る ということが腑に落ちたから。
幸せな人って、幸せで居る人なんですよ。
だから、誰でも幸せになれるんですね。
神社には感謝だけをしに行きましょう。
感謝することがないという人も祭殿の前で手を合わせていれば、
空気が吸えることや、ここまで歩いてこれたこと、痛みを感じない身体、ご飯が食べられたこと
などの感謝の思いが沸いてくると思います。
毎月のその繰り返しで、心が軽くなっていける時間がどんどん増えているのを実感できますよ。
その流れは、何かに運ばれるような感じなので、あなたにもきっとわかると思いますよ。
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